首飾り事件の発端
フランス王妃マリー・アントワネットの権威を、地に叩き墜とすこととなる首飾り事件の発端は、元々は先王のルイ15世がデュ・バリー夫人のため宝石商に、ダイヤモンドの散りばめられた160万リーブル(1リーブル1000円と仮定すると、16億円)もの高価な首飾りを注文したことでした。
でも首飾りが出来た時にはルイ15世は死んでおり、愛妾であったデュ・バリー夫人はヴェルサイユ宮殿から追放されています。
商品だけ手元に残った宝石商
こうして宝石商の手元に残ったのは、160万リーブルもの首飾りだけ。こんな国家予算規模に高い首飾りなんて、誰も買えるわけがないので売れません。
「いや、1人だけ売れそうなやつが居るぞ」と、宝石商ベーマーは閃きます。
国家財産を自分の財布のように湯水のごとく使い、「赤字夫人」と言われている、外国から来たフランス王妃。
そう、マリー・アントワネットです。
マリー・アントワネットに必死に売り込む
宝石商ベーマーとしては、この首飾りが売れないと自分が大赤字で破産です。
そこで必死にマリー・アントワネットに売り込みました。が、マリー・アントワネットとしても、こんな高すぎる首飾りをポンポン買えませんし、そもそも大嫌いだったデュ・バリー夫人のためにつくられた首飾りなんて嫌です。
というわけで唯一の希望のマリー・アントワネットに断られた宝石商ベーマーでしたが、彼は諦めませんでした。
「そういえば王妃にはポリニャック公爵夫人という「お友達」が居て、そのお友達の言う事ならなんでも聞くそうじゃないか。もしかしたらその「お友達」を通して売り込んだら、売れるのではないか」
そんな時、「私が王妃に首飾りを売ってあげるわ」と言う女性が出てきます。
それがラ・モット伯爵夫人でした。
ラ・モット伯爵夫人
ここで時間を巻き戻して、ラ・モット伯爵夫人の半生を辿りましょう。
ラ・モット伯爵夫人は、祖先を辿ればフランス王国の昔の王室であるヴァロワ家に繋がる人間でした。が、彼女が子供の時には乞食にまで落ちぶれており、「この憐れなヴァロワ王朝の孤児にお恵みを!」を決まり文句に、道端で金をせびっていました。
これを偶然見かけた優しい貴族が彼女を拾い調べて見ると、どうやら本当にヴァロワ家の子孫だったようで、養子として育てられることとなります。
こうして乞食から貴族へと成り上がった彼女は、身分は貴族となっても精神までは貴族になることはできず、金に飢えていました。
そこでラ・モット伯爵夫人は、宝石商ベーマーが高い首飾りを持って、なんとか王妃に売りつけようと右往左往していることを聞いてこう思いました。
「この機会に、あいつら全員だまくらかして大儲けしよう!」
ロアン枢機卿
ラ・モット伯爵夫人は、最初にロアン枢機卿に接近しました。
このロアン枢機卿は金持ちで伊達男でしたが、オーストリア駐在中に色々と浮名を流していたため、潔癖症の女帝マリア・テレジアに嫌われており、必然的にその娘のマリー・アントワネットにも嫌われていました。
ロアン枢機卿は出世したかったのですが、今のフランスでは王妃マリー・アントワネットに嫌われていて出世なんて、できるはずもありません。
そのロアン枢機卿の弱みに付け込んだラ・モット伯爵夫人は、「「私が買うとまた無駄遣いしたって騒がれるから、首飾りを代わりに買って」って王妃に頼まれたんだけどさ~、ちょっとロアン枢機卿手伝ってくれない?」と接触しました。
ロアン枢機卿は、見るからに怪しいこの計画に飛びつきました。
騙されるロアン枢機卿
ラ・モット伯爵夫人も、マリー・アントワネットの替え玉と夜に会わせたり、偽造した手紙を渡したりするなど、ロアン枢機卿をまんまと騙して信頼させ、ついに件の首飾りを宝石商ベーマーから、ロアン枢機卿自ら代わりに買わせることに成功。
これはその場で金を支払うわけでは無く分割払いであり、しかもロアン枢機卿が代理人として買うだけで、支払いは後で王妃がするものだと、ロアン枢機卿も宝石商ベーマーも思っていました。
まさかロアン枢機卿のようなお貴族様が詐欺なんてするとは考えず、宝石商ベーマーは、「ラ・モット伯爵夫人に販売の仲介を任せて良かったなあ」と、まんまとロアン枢機卿に首飾りを渡します。
彼は、自分が騙されているとも知らずに、宝石商ベーマーから手に入れた首飾りをラ・モット伯爵夫人に渡しました。
詐欺を成功させたラ・モット伯爵夫人
しかしラ・モット伯爵夫人が、王妃マリー・アントワネットに首飾りを渡すわけなんかありません。
彼女は首飾りをバラバラにして小粒のダイヤモンドに分解し、闇ルートで売りさばきました。
さて、困ったのは宝石商ベーマーです。いつまで経ってもお金が支払われません。
そりゃフランス王室としては、上記のことに一切も関与しておらず、何も知らなかったので、払うわけ無いですよね。
宝石商ベーマーはいつまで経っても金が払わなれないため、直接ヴェルサイユ宮殿に赴いて文句を言いに行きました。
これを聞いたマリー・アントワネットはびっくり仰天。そんな首飾りなんて持っても無いし、誰かに「代わりに買って」と頼んだ覚えもありません。
でも宝石商ベーマーの話を聞くと、怪しそうなやつはすぐに分かりました。
疑われるロアン枢機卿
その怪しそうなやつが、「王妃の代わりに首飾りを買う」と言って、首飾りを実際に受け取っていたロアン枢機卿です。激怒してマリー・アントワネットにより、すぐに彼の逮捕命令が出されました。
「王妃に気に入られて、これで俺も出世確実だな!」とホクホク顔だったロアン枢機卿は、いきなり他の貴族たちの目の前で逮捕。バスティーユ牢獄に連れて行かれました。
さて、王妃マリー・アントワネットはこの話を宝石商から聞いた時、ロアン枢機卿が無罪なんて知りませんでしたし、むしろ詐欺の主犯だと思っていました。「王妃である自分の名前を使って詐欺するなんて、とんでもねえ野郎だ」と。
しかし裁判が進んで真相が明るみになるにつれて、ロアン枢機卿もマリー・アントワネットと同様の被害者であり、(騙された馬鹿だけど)悪い事はしていないことが判明。
大スキャンダルとなる
一方この首飾り事件は、フランスを挙げての大スキャンダルとなり、フランス中の国民が固唾をのんでこの裁判の経過を見守っていました。
「あの浪費で悪名高い王妃によって、無実のロアン枢機卿が捕まったらしいぞ」
「王妃は本当に首飾りを買ったのに、ロアン枢機卿に全ての責任を押し付けて、金を払わなかったらしいぞ」
そんなウワサが流れます。
判決、ロアン枢機卿無罪。
そして判決当日。
パリ高等法院に持ち込まれたこの裁判で、ロアン枢機卿は無罪となりました。
これに民衆はロアン枢機卿を勝者として祝福。
逆に、無実のロアン枢機卿にいらぬ汚名を被せた王妃マリー・アントワネットに対する民衆の反応は、それはもう酷いものとなりました。
民衆の関心事
もちろん、主犯であるラ・モット伯爵夫人などは有罪となって、肩に「泥棒」の焼き鏝を押されて刑務所に収監されたりしていますが、民衆はそんな「些末な事」は全然気にしませんでした。
なぜか?
これは、この裁判がマリー・アントワネット vs ロアン枢機卿の構図になっていたからです。
民衆は、この首飾り事件に関する複雑な真相なんて興味ありませんでした。
浪費で悪名高い王妃の、160万リーブルもする天文学的に高価な首飾りの事件、そしてマリー・アントワネットは無実で憐れなロアン枢機卿に汚名を着せた。
「王妃マリー・アントワネットは、なんて悪い奴だ!」
と、王妃をバッシングして楽しみたかっただけなのです。
ラ・モット伯爵夫人が主犯であろうとなかろうと、どうでも良かったのです。
むしろラ・モット伯爵夫人もポリニャック公爵夫人同様、マリー・アントワネットとの同性愛関係があるというような扱いされて、「トカゲの尻尾を切られたんだ!可哀そう!」みたいに扱われました。
しかもラ・モット伯爵夫人は、この後厳重な警備が行われているはずの刑務所から脱獄しています。
イギリスに亡命して、「私は性的倒錯者のマリー・アントワネットに襲われたのよ!」「あいつ不倫ばっかりしてるわ!」とか、盛んにマリー・アントワネットを中傷しました。すごいな。
地に墜ちたフランス王妃
こうした一連の首飾り事件によって、フランス王妃マリー・アントワネットの権威は地に墜ちました。
今までだと、まだ挽回できるラインでしたが、もう無理レベルまで到達です。
そして、ここで起こってしまうのです、フランス革命が。