ヤクサルテス川の戦い

背景

ガウガメラの戦い

 

ガウガメラの戦いでペルシアの大王ダレイオス3世を打ち破ったアレクサンドロス。

アレクサンドロス大王

 

彼は決戦に負け、逃げ続けるダレイオス3世を追い続けましたが、そのダレイオスは側近のベッソスに裏切られて殺されてしまいます。

ダレイオス3世

 

そこでアレクサンドロス大王は、今まで敵だったはずなのに「ダレイオス3世の仇を取る!」とベッソスを追い、捕まえて処刑します。

ベッソスの処刑

 

そしてさらに自身の帝国の領土を広げるために東征を続け、遂には故郷マケドニアから遠く離れたソグディアナ・バクトリア地方まで到達したのでした。

 

アレクサンドロス大王は、ヤクサルテス川を帝国の国境とすることにします。

というのも、ここより北方には遊牧騎馬民族のスキタイ人が住んでいたからです。

 

というわけでヤクサルテス川の河畔に要塞都市「最果てのアレクサンドリア」を建設し始め、これを帝国の北東国境の拠点としようとしていました。

 

しかし、この都市の建設中に、現地のソグディアナの民が蜂起。

さらに遊牧騎馬民族のスキタイがヤクサルテス川を越え、たびたび略奪を行いました。

これにアレクサンドロス大王は怒り心頭、スキタイを潰すことに決め、ヤクサルテス川に向かったのです。

 

戦闘

青:アレクサンドロス軍 赤:スキタイ軍

 

アレクサンドロスの軍勢がヤクサルテス川に着くと、北の対岸にスキタイ軍が集まっていました。

スキタイは渡河の準備を進める大王の軍を散々挑発します。

しかし、安易にこの挑発に乗って渡河を進めると酷い事になるので、そう簡単には進めません。

 

遊牧騎馬民族であるスキタイの軍は、主に騎兵によって構成されており、その中でも主力は軽装騎馬弓兵です。

なので無闇に渡河してしまうと、渡河中に弓を射られて大変な損害が出てしまいます。

 

ではどうして渡河したら良いのか?

アレクサンドロス大王は、ここで何故か攻城兵器のバリスタとカタパルトを持って来ました。

そして対岸のスキタイの軍勢に向け、攻城兵器であるはずのそれらを発射したのです。

 

すると、これにはたまらずスキタイ軍が川岸から逃げ出し、奥に引っ込みます。

スキタイの軍勢の弓よりも、攻城兵器の方が射程距離が長いので、反撃ができなかったのです。

ちなみに、これが歴史上初めての上陸支援砲撃らしいですね。

 

スキタイの軍が奥に引っ込んでいる間に、アレクサンドロス大王の軍勢は渡河に成功。

 

しかし、渡河に成功したからと言って、安心はできません。

そもそも、この時代の遊牧騎馬民族というのは、物凄い強かったのです。

スキタイの騎馬弓兵は、敵の部隊の周りをグルグル回りながら弓を射る、近づこうとしても騎馬の機動力を使い一定の距離を保たれる、というとても面倒な戦い方をしていたのです。

ですので、こちらからは攻撃ができず、敵から一方的に弓矢を浴びせられるだけで、かなり厄介でした。

 

そこでアレクサンドロス大王は、騎兵隊を投入して進ませました。

もちろんこれにスキタイは軽装騎馬弓兵を投入し、アレクサンドロスの騎兵隊の周りをグルグル回って攻撃しはじめました。

しかし、これはアレクサンドロス大王の罠だったのです。

 

彼は機を見計らうや、別の騎兵を側面から投入して、グルグル回っている敵のスキタイ騎兵を横っ腹から足止めして拘束し交戦に持ち込みます。

そして軽歩兵や弓兵などを前進させ、スキタイ騎兵の逃げ道を塞ぎました。

 

ここで気づくと、弾性包囲を仕掛けていたスキタイ軍が、いつの間にか逆にアレクサンドロス軍に包囲されています。

最初に投入した騎兵部隊は、囮だったのですね。

 

包囲されたスキタイの騎兵は突破を試みるも失敗し、殲滅されました。

スキタイの司令官であるサトラケスもこの時に殺され、司令官を失ったスキタイ軍は瓦解し、逃走します。

 

ここでアレクサンドロス軍は追撃をかけましたが、途中で諦めました。

アレクサンドロス大王はヤクサルテス川の水を飲んで、お腹を壊して下痢になってしまっていたからです。

それに、スキタイだけではなく、ソグディアナの方でも反乱が起こっていましたので、深追いするのも危ないですしね。

 

その後

こうしてアレクサンドロスは大勝利し、最果てのアレクサンドロスに戻った所で、スキタイ王からの使者がやってきました。

スキタイの王は「大王の言う事はなんでも聞きますから、許してください」とのことでした。

 

ソグディアナで反乱が起こっていましたし、スキタイも恭順の意を示しているので、アレクサンドロスはスキタイを許し、先の戦いで捕まえていた捕虜を身代金も要求せずに解放しました。

こうして、スキタイはアレクサンドロス大王の強さを身をもって知り、北東の国境にちょっかいをかけられることは無くなったのです。

 

ちなみに、この辺りからアレクサンドロスの軍にスキタイ人が加わるようになり、後に行うインドへの遠征にも、スキタイ騎兵が加わっていたりします。

 

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